■■レクサス LEXUS ES Vol.16■■

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引き続き頑張りましょう〜

前スレ
■■レクサス LEXUS ES Vol.15■■
https://fate.5ch.net/test/read.cgi/auto/1566059923/
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GS→ESで思ったこと。
車格落ちの感が無くもないが、300hなら、価格はほぼ同じ。
取り回しと内装はGSがいいけど、見た目と安全装備と乗り心地はESがいい。
ESは大き過ぎて駐車場所を選ぶが、GSはモデル末期だから、この際、買い替えようか。

GS→クラウン
やっぱり、レクサスからトヨタはなあ。
レクサス店の種々のサービスから、トヨタ店のサービスに落とせない。
GS後期よりは劣るが、GS前期よりは乗り心地がいい。

GS→Eクラス
Eクラス面白くない。
四角形を連想させる車より、三角形や五角形の車の方が好きなので。
オートパーキングも見かけ倒しだった。

GS→アウディA5、A6
レクサスに比べて対応の感じ悪かったので、ないなと思った。
お茶も出なかったので、冷やかしに見られたのかもw

GS→BMW5
ディーゼルはうるさいので論外だったが、eは良かった。
130万円引きの提示だったけど、普通なのかな?

GS→LS
宝くじ当たらないとムリ

「T6」のカットモデルで初めて分かったのが空調用圧縮機の厳重な支持方法。
このエンジンは前端から変速機取り付け面までの距離を短くするために、エンジン前部にあったカム軸駆動用のチェーンを後部に移動している。
クランク軸の、ウエイトがある部分にリングギアを設けて回転力を横に出し、そこからチェーンでカム軸を駆動する。
の結果、変速機の上側にチェーン機構を配置することができ、その幅だけ変速機取り付け面までの距離を短くできる。
 
その動力取り出し機構を利用し、普通は前方にある圧縮機も後方、変速機の上に移動させた。
こうすれば補機駆動用のベルト幅の分も短縮できて好都合だ。
https://blog.still-laughin.com/archives/images/Volvo1.jpg
すごいねぇ。 ここまでするほどストレート6の魅力はあるんだろうね。


https://a248.e.akamai.net/autoc-one.jp/image/images/1478873/029_o.jpg
そんなV60のT6だが、そのエンジンルームをあらためて眺めると、なんともまあ、見事なまでにピッタリ。
車体右側でエンジン本体が、そして左側で変速機が、それぞれ水も漏らさぬ……という感じで、ホイールハウスに密着して見える。
60シリーズのエンジンルームはこのエンジンを積むために最適化された設計と考えていい。
左右にスキ間があったら、逆に「なにをムダな!」といわれてしまうだろう。

ボルボのDB6304型の初代XC60 [T6 AWD] に搭載されているB6304T型のターボエンジン諸元
車名&グレード
XC60
[T6 AWD]
エンジン型式
B6304T
種類
直列6気筒 2953cc
B6304T型エンジンはボア(内径)82.0mm、ストローク(行程)93.2mm、ボアストローク比1.14の
ロングストローク型エンジン(ピストン径よりもストローク量のほうが大きい)です。
排気量と気筒数が同一の場合、ショートストローク型に比べて低回転域でのトルク特性に優れ、扱い易いエンジンとされますが、
高回転域では充填効率の悪化や摺動抵抗が増大して出力の低下が懸念されます。

クラウンの10分の1で売れたと言えるならそうなんだろう

愚者は経験して学び、賢者は歴史から学ぶ

イギリスは歴史に学んだ
イギリスが世界中を植民地にして回ることに成功したのは、歴史を重んじることを国是とした国であったからだ。
彼らは、植民地経営に乗り出すまでに、膨大な知識を記録、整理し、歴史としてまとめる作業を数百年かけて行い、智慧をひたすら蓄え続けてきた。
彼らに侵略されたアフリカや南アジア、北米大陸やオセアニアの土着の人々が、自分たちの狭い経験をもとにイギリス人に対抗したのに対して、
イギリス人はローマ史からの歴史を学び、マキャベリなどの天才たちの知識を学び、それを自国に生じた事件に当てはめ、原住民を効果的に分断統治し、世界の半分を支配することに成功した。

たとえば当時イギリスの植民地であったインドは、香辛料などの原材料を輸出して イギリスを相手に多額の黒字を計上していた。
ところが黒字はルピーではなく、ポンドを使って決済され、そのままイギリスの銀行に預けられていた。

だからイギリスはいくら植民地を相手に赤字を出しても平気だった。
イギリスの銀行に預けられたポンドを、イギリス国内で使えばいいからだ。
インドは名目上は債権が増え、お金持ちになったが、そのお金をイギリスの銀行から自由に引き出し、自分の国では使えなかった。
お金の使い道は預金者ではなく、イギリスの銀行が決めていたからだ。
そしてもちろん、イギリスの銀行は国内の人々に貸し出した。
イギリス国民は植民地から輸入した品物で生活をたのしみ、
しかもしはらったポンドも イギリスの銀行に吸収され、イギリスのために使われるわけだ。
こうしてイギリスはどんどん発展した。
一方植民地はどうなったか。 たとえばインドは商品を輸出してもその見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積されるだけだから、
国内にお金がまわらなくなる。どんどんデフレになり、不景気になった。
仕事がきつくなり、給料が下がり、ますます必死で働いて輸出する。
ところが黒字分の代金は、ポンドのまま名義上の所有としてやはりイギリス国内で使われる。
こうしていくら黒字を出してもインドは豊かになれなかった。
そして、赤字を出し続けたイギリスは、これを尻目に繁栄を謳歌できた。

このイギリスとインドの関係は、そっくり現在のアメリカと日本の関係だと言ってもよい。

 ここに書き込んでる奴らの大部分は高級ホテルだとチェックインで車種の確認されることを知らないんじゃないか?w
提携コインパーキングにとめて無料チケットをもらって出庫する安いビジネスホテルとは違うのだよw

インペリアル、アマン、リッツ・カールトン、ブルガリ、ペニンシュラ、グランドハイアット、パークハイアット、フォーシーズンズ
ウォルドーフ・アストリア、フェアモント、コンラッド、アンダーズ、セントレジス、シャングリラ、マリオット、インターコンチネンタル、
Wホテル、エディション、マンダリンオリエンタル、ラグコレ、シックスセンシズ、ヒルトン、カールソン、アコー、オークラ
なんかで
国産FF車の名前を告げるなんか恥ずかしくてできないわwww


満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよい。
満足した馬鹿であるより、不満足なソクラテスであるほうがよい
ESを買って満足する豚より、E53AMGを買えずに不満足なソクラテスであるほうがよい。

レクサス ES 新型を日本導入「LS に近づけるつもりで開発」チーフエンジニア榊原氏…北京モーターショー2018
https://response.jp/article/2018/04/30/309179.html

あれだけセルシオを引き合いに出してきて宣伝してたんだから
1991年の初代windomでとっくに近づいてるのかと思ってたけど違っていたのか

LS に近づけるつもりならGSをそうしたほうが早いだろ
LSに近づけたのは見た目と価格のみ。
FFの安車がどう転んでもFRの高級車に勝てるわけがない!

必死になってLSに近づけたとあるけど
モデル末期のマジェスタのほうが何もしなくても近いと思う

セルシオ馬鹿とFR盲信者の共演

パラダイムシフトって知ってる?
大発見をした人たちの共通点の多くは、歴史(常識)にとらわれない発想から生まれてきた。
つまり、歴史にこだわる人は凡人の域を出ないということ。
良いものは良いと素直に受け入れるところから成長は始まるといものだ。

直6が復権してもFFに積むにはボア比を小さくしてロングストロークとしたボルボがやったような真似しか無理だろうからね
まともなエンジンにはならないし、仮に無理やり詰め込んだとしてもサスペンションのスペースが足りずに
ストラットですら押し込むのに苦労しそうなカタワみたいな車になるだろう

1989年にトヨタ自動車が新たに立ち上げた高級車ブランド「レクサス」のフラッグシップモデル「LS」。
日本名では「セルシオ」と呼ばれた高級セダンだ。
事後対処ではなく原因を元から断つ「源流主義」をスローガンに、それまでのトヨタ車とは異なり世界基準モデルとして「ゼロ」から開発。
「走る/曲がる/止まる」といった基本性能はもちろん、圧倒的な静粛性と滑らかな走り、そして高品質を実現。
世界のライバルにも大きな影響を与えたといわれている。

愚者は経験して学び、賢者は歴史から学ぶ

私は、このスレで自動車の歴史とは何たるものかを理解した者のみが味わえる喜びを、皆さんにも感じ取って頂くことを期待します。

ところで、コピペで荒らしてる人って思考力のなさをさらけ出しちゃってるよね。
おそらく車に対する見識も誰かのコピペで凝り固まってるんだろうね。
残念だねー

「1.6」の直4だけは避けられたF1
http://f1express.cnc.ne.jp/column/akai/index.php?cat_id=361&teiko_id=237160&bunrui_id=13&archive_flg=&now_page=3
2013年からは1.6リットル直4ターボ・エンジンが登場することになっていた。
しかし、この直4ターボに異論が出た。
というか、そのエンジンを推進したのはルノーだけで、F1グランプリにエンジンを供給しているその他の自動車メーカーは、こぞって反対ののろしを上げたのだ。
V6は、フェラーリが許せる最低限のエンジン形式だとか。

FFとFRの境目はトラクションコントロールできるかどうかでしょう?
大排気量、大トルクのエンジンが載った車は高級車でそうでない車はいくら内装などをよくしても高級車ではないという考えの人がいるなら、そもそも話が通じないだろうね。

【レクサスES】
北米ではレクサスFF車最上位車種としてESを位置付けて、販売のメインとして大々的にセールスしてきた。
しかし日本レクサス営業開始にあたり、ベンツBMコンプレックス持ちの日本人客相手に対しては
なるべくFF車が売れ筋とならないようにするため国内でのESの発売は2018年までの30年間見合わせることになった。

しかしプラットフォーム合理化のあおりでFRセダン3車種LS、GS、ISの差別化が出来なくなってきたため
GSの代わりにESを入れてFRの2車種でサンドイッチさせることで差別化を図ろうと計画した。

トヨタ・レクサスとしてはオーナーは駆動方式やサス形式、エンジンの気筒数に気付くレベルではないこと、
また、仮に気付としてもどうせマルチリンク、FRの操縦性能に6気筒エンジンの回転フィーリングを調和させて乗りこなせるレベルではなく、
見栄でLS風のエクステリアが持てれば満足するバカ客層であることを確信していたためその販売計画を了承した。
つまり、レクサスESは外側だけ立派を装って中身は伴わない、カムリなどと同じ内容の旧態依然のFFストラット4気筒エンジン車である。
以上の話は車業界のみならず、ホテル、ゴルフ業界でも周知の事実である
レクサスESに乗り換えを計画されている方は、一流ホテルや名門ゴルフ倶楽部高々にレクサスESを駐車することは恥であるということをくれぐれも忘れることなく
念頭おいて購入をご検討下さい。


つまり内外装だけ立派装って中身は伴わないFFっても
見栄でS風のエクステリア、インテリアが持てれば満足する客層にむけて訴求するので
カムリなどと同じ内容の旧態依然のFF車であっても
レクサスESを内外装やサイズを高級FR車に似せれば同じような価格で売っても許されだろうと考えて割高な価格設定で販売してる模

愚者は経験して学び、賢者は歴史から学ぶ

イギリスは歴史に学んだ
イギリスが世界中を植民地にして回ることに成功したのは、歴史を重んじることを国是とした国であったからだ。
彼らは、植民地経営に乗り出すまでに、膨大な知識を記録、整理し、歴史としてまとめる作業を数百年かけて行い、智慧をひたすら蓄え続けてきた。
彼らに侵略されたアフリカや南アジア、北米大陸やオセアニアの土着の人々が、自分たちの狭い経験をもとにイギリス人に対抗したのに対して、
イギリス人はローマ史からの歴史を学び、マキャベリなどの天才たちの知識を学び、それを自国に生じ事件に当てはめ、原住民を効果的に分断統治し、世界の半分を支配することに成功した。

たとえば当時イギリスの植民地であったインドは、香辛料などの原材料を輸出して イギリスを相手に多額の黒字を計上していた。
ところが黒字はルピーではなく、ポンドを使って決済され、そのままイギリスの銀行に預けられていた。

だからイギリスはいくら植民地を相手に赤字を出しても平気だった。
イギリスの銀行に預けられたポンドを、イギリス国内で使えばいいからだ。
インドは名目上は債権が増え、お金持ちになったが、そのお金をイギリスの銀行から自由に引き出し、自分の国では使えなかった。
お金の使い道は預金者ではなく、イギリスの銀行が決めていたからだ。
そしてもちろん、イギリスの銀行は国内の人々に貸し出した。
イギリス国民は植民地から輸入した品物で生活をたのしみ、
しかもしはらったポンドも イギリスの銀行に吸収され、イギリスのために使われるわけだ。
こうしてイギリスはどんどん発展した。
一方植民地はどうなったか。 たとえばインドは商品を輸出してもその見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積されるだけだから、
国内にお金がまわらなくなる。どんどんデフレになり、不景気になった。
仕事がきつくなり、給料が下がり、ますます必死で働いて輸出する。
ところが黒字分の代金は、ポンドのまま名義上の所有としてやはりイギリス国内で使われる。
こうしていくら黒字を出してもインドは豊かになれなかった。
そして、赤字を出し続けたイギリスは、これを尻目に繁栄を謳歌できた。

このイギリスとインドの関係は、そっくり現在のアメリカと日本の関係だと言ってもよい。

愚者は経験して学び、賢者は歴史から学ぶ

イギリスは歴史に学んだ
イギリスが世界中を植民地にして回ることに成功したのは、歴史を重んじることを国是とした国であったからだ。
彼らは、植民地経営に乗り出すまでに、膨大な知識を記録、整理し、歴史としてまとめる作業を数百年かけて行い、智慧をひたすら蓄え続けてきた。
彼らに侵略されたアフリカや南アジア、北米大陸やオセアニアの土着の人々が、自分たちの狭い経験をもとにイギリス人に対抗したのに対して、
イギリス人はローマ史からの歴史を学び、マキャベリなどの天才たちの知識を学び、それを自国に生じ事件に当てはめ、原住民を効果的に分断統治し、世界の半分を支配することに成功した。

たとえば当時イギリスの植民地であったインドは、香辛料などの原材料を輸出して イギリスを相手に多額の黒字を計上していた。
ところが黒字はルピーではなく、ポンドを使って決済され、そのままイギリスの銀行に預けられていた。

だからイギリスはいくら植民地を相手に赤字を出しても平気だった。
イギリスの銀行に預けられたポンドを、イギリス国内で使えばいいからだ。
インドは名目上は債権が増え、お金持ちになったが、そのお金をイギリスの銀行から自由に引き出し、自分の国では使えなかった。
お金の使い道は預金者ではなく、イギリスの銀行が決めていたからだ。
そしてもちろん、イギリスの銀行は国内の人々に貸し出した。
イギリス国民は植民地から輸入した品物で生活をたのしみ、
しかもしはらったポンドも イギリスの銀行に吸収され、イギリスのために使われるわけだ。
こうしてイギリスはどんどん発展した。
一方植民地はどうなったか。 たとえばインドは商品を輸出してもその見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積されるだけだから、
国内にお金がまわらなくなる。どんどんデフレになり、不景気になった。
仕事がきつくなり、給料が下がり、ますます必死で働いて輸出する。
ところが黒字分の代金は、ポンドのまま名義上の所としてやはりイギリス国内で使われる。
こうしていくら黒字を出してもインドは豊かになれなかった。
そして、赤字を出し続けたイギリスは、これを尻目に繁栄を謳歌できた。

このイギリスとインドの関係は、そっくり現在のアメリカと日本の関係だと言ってもよい。

愚者は経験して学び、賢者は歴史から学ぶ

イギリスは歴史に学んだ
イギリスが世界中を植民地にして回ることに成功したのは、歴史を重んじることを国是とした国であったからだ。
彼らは、植民地経営に乗り出すまでに、膨大な知識を記録、整理し、歴史としてまとめる作業を数百年かけて行い、智慧をひたすら蓄え続けてきた。
彼らに侵略されたアフリカや南アジア、北米大陸やオセアニアの土着の人々が、自分たちの狭い経験をもとにイギリス人に対抗したのに対して、
イギリス人はローマ史からの歴史を学び、マキャベリなどの天才たちの知識を学び、それを自国に生じ事件に当てはめ、原住民を効果的に分断統治し、世界の半分を支配することに成功した。

たとえば当時イギリスの植民地であったインドは、香辛料などの原材料を輸出して イギリスを相手に多額の黒字を計上していた。
ところが黒字はルピーではなく、ポンドを使って決済され、そのままイギリスの銀行に預けられていた。

だからイギリスはいくら植民地を相手に赤字を出しても平気だった。
イギリスの銀行に預けられたポンドを、イギリス国内で使えばいいからだ。
インドは名目上は債権が増え、お金持ちになったが、そのお金をイギリスの銀行から自由に引き出し、自分の国では使えなかった。
お金の使い道は預金者ではなく、イギリスの銀行が決めていたからだ。
そしてもちろん、イギリスの銀行は国内の人々に貸し出した。
イギリス国民は植民地から輸入した品物で生活をたのしみ、
しかもしはらったポンドも イギリスの銀行に吸収され、イギリスのために使われるわけだ。
こうしてイギリスはどんどん発展した。
一方植民地はどうなったか。 たとえばインドは商品を輸出してもその見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積されるだけだから、
国内にお金がまわらなくなる。どんどんデフレになり、不景気になった。
仕事がきつくなり、給料が下がり、ますます必死で働いて輸出する。
ところが黒字分の代金は、ポンドのまま名義上の所有としてやはりイギリス国内で使われる。
こうしていくら黒字を出してもインドは豊かになれなかった。
そして、赤字を出し続けたイギリスは、これを尻目に繁栄を謳歌できた。

このイギリスとインドの関係は、そっくり現在のアメリカと日本の関係だと言ってもよい。えj

愚者は経験して学び、賢者は歴史から学ぶ

イギリスは歴史に学んだ
イギリスが世界中を植民地にして回ることに成功したのは、歴史を重んじることを国是とした国であったからだ。
彼らは、植民地経営に乗り出すまでに、膨大な知識を記録、整理し、歴史としてまとめる作業を数百年かけて行い、智慧をひたすら蓄え続けてきた。
彼らに侵略されたアフリカや南アジア、北米大陸やオセアニアの土着の人々が、自分たちの狭い経験をもとにイギリス人に対抗したのに対して、
イギリス人はローマ史からの歴史を学び、マキャベリなどの天才たちの知識を学び、それを自国に生じ事件に当てはめ、原住民を効果的に分断統治し、世界の半分を支配することに成功した。

たとえば当時イギリスの植民地であったインドは、香辛料などの原材料を輸出して イギリスを相手に多額の黒字を計上していた。
ところが黒字はルピーではなく、ポンドを使って決済され、そのままイギリスの銀行に預けられていた。

だからイギリスはいくら植民地を相手に赤字を出しても平気だった。
イギリスの銀行に預けられたポンドを、イギリス国内で使えばいいからだ。
インドは名目上は債権が増え、お金持ちになったが、そのお金をイギリスの銀行から自由に引き出し、自分の国では使えなかった。
お金の使い道は預金者ではなく、イギリスの銀行が決めていたからだ。
そしてもちろん、イギリスの銀行は国内の人々に貸し出した。
イギリス国民は植民地から輸入した品物で生活をたのしみ、
しかもしはらったポンドも イギリスの銀行に吸収され、イギリスのために使われるわけだ。
こうしてイギリスはどんどん発展した。
一方植民地はどうなったか。 たとえばインドは商品を輸出してもその見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積されるだけだから、
国内にお金がまわらなくなる。どんどんデフレになり、不景気になった。
仕事がきつくなり、給料が下がり、ますます必死で働いて輸出する。
ところが黒字分の代金は、ポンドのまま名義上の所有としてやはりイギリス国内で使われる。
こうしていくら黒字を出してもインドは豊かになれなかった。
そして、赤字を出し続けたイギリスは、これを尻目に繁栄を謳歌できた。

このイギリスとインドの関係は、そっくり現在のアメリカと日本の関係だと言ってもよい。じぇj

愚者は経験して学び、賢者は歴史から学ぶ

私は、このスレで自動車の歴史とは何たるものかを理解した者のみが味わえる喜びを、皆さんにも感じ取って頂くことを期待します。

■「歴史」を軸に、その他の分野を横展開で学ぶ
 大人の学び直しの勉強を始めるときに、最初にどの分野から手をつけていけばよいかと言うと、僕のオススメは、歴史です。
 最初に、日本史と世界史を学んで、自分の中で歴史の知識の軸をつくります。
 その次に、歴史の知識を軸にしながら、文学や政治、経済、アートなどの分野に勉強を広げていきます。
 歴史の軸をつくるメリットは、ジャンルを広げていったときに、自分の頭の中で知識を1つに体系立てて整理しやすくなることです。
 歴史と関連付けて学べるので、自分の頭の中に定着しやすくなるのです。
 行き当たりばったりで、いろいろなジャンルに手を付けてしまうと、まったく使い物にならない知識が頭の中に積み上がるだけなので、要注意です。
 また、歴史を学んでおくと、理解力そのものも格段にアップします。
 たとえば、文学作品やアート作品は、作品の時代背景がわかっているのといないのとでは、理解の深さがまったく変わってきます。
 政治や経済についても、現在の視点だけで理解しようとするのではなく、国家や貨幣、法律、憲法、税制度などの歴史を学んでいたほうが、本質的な理解ができるようになります。
 英語については、僕自身がまだ偉そうに語るレベルに及んでいないのですが、語学もやはり、その裏には人や文化の歴史があります。そういう意味では、イギリスやアメリカなどの英語圏の国の歴史を学んでおくことが役立つことはあると思います。

■歴史の「なんで? 」を掘り下げる
 歴史の出来事、人名、年号などを前から順番に覚えていくような勉強をいくらしても、歴史の流れはなかなかつかめません。
 歴史の流れを自分で勉強するときのコツは、「なんで? 」という視点で出来事にツッコミを入れてみることです。
 鎌倉時代に起きた元寇を例に考えてみます。
 北条時宗が執権を担っていた頃、チンギス・ハンの孫にして元の初代皇帝であるフビライ・ハンの使者が日本にやってきます。
 フビライは日本に服属を迫りますが、日本は返書をしなかったので、ついに武力侵攻が行われました。
 まず、元の3万人の軍が九州北部に上陸します。しかし、暴風雨によって元の船が沈んだため、日本は難を逃れます。その後、じつに14万人の元の大軍が再び日本に押し寄せるのですが、またしても日本は暴風に救われるのです。

■出来事のつながりが見えてくる
 ところが、話は「日本、超ラッキー! 」で終わりません。せっかく元寇を乗り切ったのに、なぜか鎌倉幕府は、その後に失墜していきます。
 ここで一度立ち止まって、「なんで? 」とツッコんでみることが、歴史の「流れ」をつかむことにつながります。
 だって、不思議に思いませんか? 
 二度も、暴風雨によってピンチを救われた超ラッキーな鎌倉幕府が、敵がいなくなった後に衰退してしまうのですから。
 ポイントは、日本にとって元寇が「侵略から自衛するための戦争」だったことです。それまで、戦といえば、おもに国内の内乱でした。だから、勝者は、敗者側から領地を奪って恩賞にできたのです。しかし、自衛戦争だと、味方の戦功として土地を恩賞にできません。
 元寇の後、味方に恩賞を与えることができなかった鎌倉幕府は、求心力を徐々に失っていき、失墜していくことになってしまうのです。
 つまり、日本を攻め切れなかったものの、フビライ・ハンが鎌倉幕府崩壊への1つのきっかけをつくっていたということなのです。
 ここで、元寇という出来事の「なんで? 」を掘り下げたことで「鎌倉時代の最期」と次の時代の「室町時代」がつながりました。
 こんな感じで、「なんで? 」という視点で歴史を勉強していくと、歴史の「因果関係」がつかめて、つながりが見えやすくなります。
 そして、そのような歴史の勉強を続けていくと、少しずつ、歴史の出来事が数珠つなぎにされていき、最終的に、自分の中に、歴史の大きな流れが浮かび上がってくるというわけなのです。

■学生時代より10倍面白くなる!  歴史の学び方
 「学生時代、歴史は、日本史か世界史のどちらか一方だけを勉強しました」
 おそらく、このような人がほとんどだと思います。
 僕も高校時代は日本史選択だったので、社会に出てから、世界史をよく知らないというコンプレックスがありました。
 日本史と世界史を両方学ぶと、歴史の勉強が断然面白くなります。
 たとえば、学生時代に日本史だけを学んだ人は、さきほどお話しした元寇について、「モンゴル軍が日本へ攻めてきたけど、なんとか追い返すことができた戦い」という程度の認識だと思います。
 でも、世界史を学んで、チンギス・ハンの圧倒的な力と彼がつくったモンゴル帝国の広大さを知ると、このときの日本がいかに大ピンチだったかがよくわかるようになります。
日本にとって、「ほぼ絶望的な戦い」だったことがより鮮明にイメージできるようになるのです。
 YouTubeの授業動画を配信するために世界史を学び、その後、日本史を改めて勉強してみたのですが、学生時代の10倍日本史が面白くなっていました。
なぜ、世界史と日本史を両方学ぶのがそれほど楽しいのかといえば、日本史の出来事を世界史の視点から眺められるようになることの他に、もう1つ、日本史と世界史の中に、「共通点」を見つけ出せるようになることがあります。

■日本史と世界史の共通点を意識するとさらに面白く
 たとえば、中国・秦の始皇帝には、「農民の反乱を恐れて、農民から武器を取り上げて釣り鐘にした」という記録が残されています。
 このエピソード、日本史の中でも聞いたことがないでしょうか? 
 そう、豊臣秀吉が行った「刀狩り」という政策と非常によく似ているのです。秀吉は天正16(1588)年に刀狩令を発し、大仏の鋳造を理由に農民から武器を徴収しました。
秀吉の目的は、農民の武装を解いて一揆を防止することにあったと考えられています。始皇帝の狙いと、完全に一致しています。ここでもう1つ面白いのが、それぞれの政策が実施された時期です。
 秀吉が刀狩りを行ったのは、1500年代のほぼ終わりです。始皇帝が農民から武器を取り上げたのは紀元前200年頃。いかに始皇帝の政策が新しいものだったかがわかります。
これも、世界史と日本史を両方学ぶからこそ、得られる視点です。
 他にも、始皇帝は、金持ちの有力者の反乱を恐れて重要人物を首都に住まわせています。このエピソードもどこかで聞いたことがありませんか? 
 江戸時代に、徳川家光によって制度化された参勤交代です。
 参勤交代は、全国の各藩の大名に、1年おきに江戸と国元を往復させるという制度です。さらに、大名の正妻と世継ぎを人質として江戸に住まわせなければならないという決まりもありました。
これによって、各藩は経済力が削がれ、天下泰平につながったとされています。
 始皇帝の施策は参勤交代制度とは異なりますが、根本的な発想が似ていることに驚かされます。
 (中略)
 また、世界史のあとに日本史を学んだら、次は、偉人伝を学んでみると、様々な角度から歴史を眺められ、さらに多くの発見ができるようになるのでオススメです。

 歴史の登場人物をひたすら無機的に覚えるのは苦痛ですし、それでは頭にまったく残りません。
■側室が40人、子どもが50人以上いた将軍
 そこで、1つの時代の中で「この人が好きだ」という人をつくり、その人を中心としたストーリーで理解するようにします。
 推しメンは、坂本龍馬のような誰もが知るスーパースターでなくてもかまいません。むしろ、スターの影にちょっと隠れているような人物を「推しメン」にするのが、個人的にはオススメです。
 徳川将軍の中でいうと、僕の推しメンは11代将軍の徳川家斉です。
 「えっ?  ……家斉? 」という反応をした人がほとんどではないでしょうか? 
 徳川将軍といえば、初代の家康や、3代将軍の家光、「生類憐みの令」で有名な5代将軍の綱吉、米将軍と呼ばれた8代将軍の吉宗、そして、徳川最後の将軍となった15代将軍の慶喜あたりが一般的には有名でしょう。
 家斉は、一般的にはあまり知られていない将軍ですが、かなり特異なキャラクターです。政治的には松平定信によって寛政の改革が進められましたが、松平定信が退任すると、政治は緩み、幕府は少しずつ崩壊の道をたどるようになります。
 家斉が何といっても面白いのは、側室が40 人もいたとされていることです。
 しかも、なんと50人以上もの子どもをもうけているのです。たしかに将軍にとって跡継ぎ問題はとても重要ですが、それにしても、どうかしています(笑)。
 家斉は将軍職を退いたのちも、大御所と称して権力を保ち、長期にわたって浪費を繰り返しました。
 推しメンである家斉を起点にすると、その時代の退廃的な化政文化などにも興味がわいてきます。推しメンをつくる効果は、なかなか侮れないものがあります。

プレジデントオンライン
「大人の学び直し」は歴史から始めるべき理由(プレジデントオンライン) - Yahoo!ニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200103-00031718-president-bus_all&p=4
『勉強が死ぬほど面白くなる独学の教科書』(SBクリエイティブ)


■スピンオフストーリーをつくると盛り上がる
 ちなみに、「推しメン」と正反対のコンセプトの歴史の勉強法もあります。
 先に、日本史でも世界史でもよいので通史をざっと学びます。その後に、「興味がわいた出来事」をピックアップして、その出来事に登場する人物の生涯を、ドラマや漫画の「スピンオフストーリー」のように捉えて勉強してみるのです。
 人物を選ぶポイントは、「なんでこの人は、このとき、こんな行動をとったんだろう? 」とか、「この人は、この出来事の後、どうなったんだろう? 」などと思える人をピックアップすることです。
 あと、ドラマや漫画のスピンオフと同様に、ピックアップする人物は、主役ではなく、脇役がオススメです。
 人物の生い立ちから勉強していき、その出来事にたどり着いたときには、「ついに、このときがきたーっ! 」という感じで盛り上がれます。
 あと、面白いのが、その人物の視点をとおして出来事をもう一度見てみると、最初に自分が捉えていた出来事の印象と、まったく違うように見えたりすることです。これが、まさにスピンオフの1つの醍醐味でもあります。
 たとえば、日本史だったら、関ヶ原の合戦において、土壇場で西軍を裏切り、東軍に寝返った「裏切り者」の小早川秀秋などは、スピンオフストーリーとして追いかけてみると面白いかもしれません。

他社から乗り換えようと
ESのバージョンL試乗しました。
かなりポイント高くて候補にしてたんですが
唯一、なんだか…タイヤが太いせい?
段差乗り越える時、ドスンバタンと、興ざめで。
比較に試乗してたカムリよりも、乗り心地が良い…とは言えず…。
FFだから、という訳ではなさそう。

標準車にしたらタイヤが17インチで乗り心地良くなりますかね…?
そうなると本革シートではなくなるんですが
エルテックスって、使い込んだらどうなっていきますか?
本革みたいでかなり良いのですが、先輩方お教えください。お願いします。

 田舎でこんな車持っても浮くだけ
都会の手入れが行き届いたきれいな舗装ならストラットでもいなせるけど
微妙なアンジュレーションの田舎の県道とかじゃ馬脚を露す

攻めたら素性の悪いストラットの馬脚があらわになるから
自分らの飯の種がメーカーの広報から出てる以上
レビューワーにも忖度があって自重してるんだよ
峠の走りは推して知るべし
愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ

3世代前のFR車のほうが素性は上だろね

そろそろ化けの皮が剥がれはじめてきたなww

https://carview.yahoo.co.jp/article/testdrive/20181206-20104569-carview/

高速道路をまっすぐ走っているだけでも落ち着きが足りない。

旋回中にフロントがあおられると、ハンドルを動かしていないのに旋回特性が変わるのも、FFセダンの限界を感じるところ

今の技術力をもってしても、高級セダンは重量バランスがよく、加速した際にリアが沈み込み、シートに体が吸い付くような姿勢変化で走るFRが個人的には良いと思う。
姿勢変化も考慮した高級車に求められる乗り味という点では、FRレイアウトで重量バランスの良いLSが優れているし、やはり高級セダンはFRレイアウトなのだ。

レクサスESは高級FRキラーだがFFの限界も。デジタルミラーは未完成(carview!) | 自動車情報サイト【新車・中古車】 - carview!
https://carview.yahoo.co.jp/article/detail/f0c75316afeab839fd6a2bbec4232051d87a798d/

電子制御ダンパーを採用したFスポーツは、まっすぐ走っているときでも姿勢変化が穏やかで快適だし、
それが結果としてハンドリングの良さを生み出し、スポーティにも走れる。
ただ、電子制御ダンパーは基本的に受動的で、突然の単発入力に対して足の硬さを変更することはできないから、
硬さを感じる時もあれば、フロントのフワつきを感じることもあり、
こだわるなら、高くてもFRのセダンという選択になるだろう。

そろそろ化けの皮が剥がれはじめてきたなww

こだわるなら、高くてもFRのセダンという選択になるだろう。

旋回中にフロントがあおられると、ハンドルを動かしていないのに旋回特性が変わるのも、FFセダンの限界を感じるところ

フロントのフワつきを感じることもあり、

FRレイアウトで重量バランスの良いLSが優れているし、やはり高級セダンはFRレイアウトなのだ。

DセグとEセグの境目にあるクルマ
仕向地によってどっち寄りか変わる
アメリカと中国ではDセグ設定、日本と欧州ではEセグ設定

【レクサスカード】

当初は自前のTS3カードの最上位カードとしてレクサスカードを位置付けようとしていた。
しかし日本レクサス営業開始にあたり、なるべくトヨタの名前を出さないようにするため他社ブランドカードと提携することになった。

候補は4つ。
アメックスプラチナ
ダイナースプレミア
JCBザクラス
三井住友VISAプラチナ

このうち、最初にアメックスとダイナースは候補からはずれた。
年会費約10万円というのはレクサスオーナーには厳しいし、現実的ではないからだ。
そこでJCBと三井住友に提携カードの発行を求めた。
しかし両社ともに、自社の最上位カードの品位が落ちることを憂慮し、ゴールドならOKとの回答を出した。

しかしトヨタ・レクサスとしてはそれではTS3ゴールドとの差別化が出来ないため、
再度プラチナレベルのカードの提携を求めた。
JCBは断ったが、三井住友は条件付きで認めた。
すなわち、VISAプラチナの名前は名乗ってもよいが、サービスレベルは大幅に落とし、
年会費を半分以下の実質格下カードとすることである。

トヨタ・レクサスとしてはオーナーはそんなことに気付くレベルではないこと、
また、どうせプラチナクラスのカードを使いこなせるレベルではなく、見栄で黒いカードが持てれば満足する客層であることを確信していたため、その申し出を了承した。
つまり、レクサスカードは外側だけ立派を装って、中身は伴わないレクサス車と同じ内容のカードである。

以上の話はカード業界、ホテル、旅行、ゴルフ業界では周知の事実であるため、
レクサスカードをお持ちの方はくれぐれも一流ホテルや高級レストランや名門ゴルフ倶楽部などで鼻高々にレクサスカードを
お使いにならないよう注意して下さい。

愚者は経験して学び、賢者は歴史から学ぶ

イギリスは歴史に学んだ
イギリスが世界中を植民地にして回ることに成功したのは、歴史を重んじることを国是とした国であったからだ。
彼らは、植民地経営に乗り出すまでに、膨大な知識を記録、整理し、歴史としてまとめる作業を数百年かけて行い、智慧をひたすら蓄え続けてきた。
彼らに侵略されたアフリカや南アジア、北米大陸やオセアニアの土着の人々が、自分たちの狭い経験をもとにイギリス人に対抗したのに対して、
イギリス人はローマ史からの歴史を学び、マキャベリなどの天才たちの知識を学び、それを自国に生じた事件に当てはめ、原住民を効果的に分断統治し、世界の半分を支配することに成功した。

たとえば当時イギリスの植民地であったインドは、香辛料などの原材料を輸出して イギリスを相手に多額の黒字を計上していた。
ところが黒字はルピーではなく、ポンドを使って決済され、そのままイギリスの銀行に預けられていた。

だからイギリスはいくら植民地を相手に赤字を出しても平気だった。
イギリスの銀行に預けられたポンドを、イギリス国内で使えばいいからだ。
インドは名目上は債権が増え、お金持ちになったが、そのお金をイギリスの銀行から自由に引き出し、自分の国では使えなかった。
お金の使い道は預金者ではなく、イギリスの銀行が決めていたからだ。
そしてもちろん、イギリスの銀行は国内の人々に貸し出した。
イギリス国民は植民地から輸入した品物で生活をたのしみ、
しかもしはらったポンドも イギリスの銀行に吸収され、イギリスのために使われるわけだ。
こうしてイギリスはどんどん発展した。
一方植民地はどうなったか。 たとえばインドは商品を輸出してもその見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積されるだけだから、
国内にお金がまわらなくなる。どんどんデフレになり、不景気になった。
仕事がきつくなり、給が下がり、ますます必死で働いて輸出する。
ところが黒字分の代金は、ポンドまま名義上の所有としてやはりイギリス国内で使われる。
こうしていくら黒字を出してもインドは豊かになれなかった。
そして、赤字を出し続けたイギリスは、これを尻目に繁栄を謳歌できた。

このイギリスとインドの関係は、そっくり現在のアメリカと日本の関係だと言ってもよい。

愚者は経験して学び、賢者は歴史から学ぶ

イギリスは歴史に学んだ
イギリスが世界中を植民地にして回ることに成功したのは、歴史を重んじることを国是とした国であったからだ。
彼らは、植民地経営に乗り出すまでに、膨大な知識を記録、整理し、歴史としてまとめる作業を数百年かけて行い、智慧をひたすら蓄え続けてきた。
彼らに侵略されたアフリカや南アジア、北米大陸やオセアニアの土着の人々が、自分たちの狭い経験をもとにイギリス人に対抗したのに対して、
イギリス人はローマ史からの歴史を学び、マキャベリなどの天才たちの知識を学び、それを自国に生じ事件に当てはめ、原住民を効果的に分断統治し、世界の半分を支配することに成功した。

たとえば当時イギリスの植民地であったインドは、香辛料などの原材料を輸出して イギリスを相手に多額の黒字を計上していた。
ところが黒字はルピーではなく、ポンドを使って決済され、そのままイギリスの銀行に預けられていた。

だからイギリスはいくら植民地を相手に赤字を出しても平気だった。
イギリスの銀行に預けられたポンドを、イギリス国内で使えばいいからだ。
インドは名目上は債権が増え、お金持ちになったが、そのお金をイギリスの銀行から自由に引き出し、自分の国では使えなかった。
お金の使い道は預金者ではなく、イギリスの銀行が決めていたからだ。
そしてもちろん、イギリスの銀行は国内の人々に貸し出した。
イギリス国民は植民地から輸入した品物で生活をたのしみ、
しかもしはらったポンドも イギリスの銀行に吸収され、イギリスのために使われるわけだ。
こうしてイギリスはどんどん発展した。
一方植民地はどうなったか。 たとえばインドは商を輸出してもその見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積されるだけだから、
国内にお金がまわらなくなる。どんどんデフレになり、不景気になった。
仕事がきつくなり、給料が下がり、ますます必死で働いて輸出する。
ところが黒字分の代金は、ポンドのまま名義上の所有としてやはりイギリス国内で使われる。
こうしていくら黒字を出してもインドは豊かになれなかった。
そして、赤字を出し続けたイギリスは、これを尻目に繁栄を謳歌できた。

このイギリスとインドの関係は、そっくり現在のアメリカと日本の関係だと言ってもよい。じぇj

愚者は経験して学び、賢者は歴史から学ぶ

イギリスは歴史に学んだ
イギリスが世界中を植民地にして回ることに成功したのは、歴史を重んじることを国是とした国であったからだ。
彼らは、植民地経営に乗り出すまでに、膨大な知識を記録、整理し、歴史としてまとめる作業を数百年かけて行い、智慧をひたすら蓄え続けてきた。
彼らに侵略されたアフリカや南アジア、北米大陸やオセアニアの土着の人々が、自分たちの狭い経験をもとにイギリス人に対抗したのに対して、
イギリス人はローマ史からの歴史を学び、マキャベリなどの天才たちの知識を学び、それを自国に生じ事件に当てはめ、原住民を効果的に分断統治し、世界の半分を支配することに成功した。

たとえば当時イギリスの植民地であったインドは、香辛料などの原材料を輸出して イギリスを相手に多額の黒字を計上していた。
ところが黒字はルピーではなく、ポンドを使って決済され、そのままイギリスの銀行に預けられていた。

だからイギリスはいくら植民地を相手に赤字を出しても平気だった。
イギリスの銀行に預けられたポンドを、イギリス国内で使えばいいからだ。
インドは名目上は債権が増え、お金持ちになったが、そのお金をイギリスの銀行から自由に引き出し、自分の国では使えなかった。
お金の使い道は預金者ではなく、イギリスの銀行が決めていたからだ。
そしてもちろん、イギリスの銀行は国内の人々に貸し出した。
イギリス国民は植民地ら輸入した品物で生活をたのしみ、
しかもしはらったポンドも イギリスの銀行に吸収され、イギリスのために使われるわけだ。
こうしてイギリスはどんどん発展した。
一方植民地はどうなったか。 たとえばインドは商品を輸出してもその見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積されるだけだから、
国内にお金がまわらなくなる。どんどんデフレになり、不景気になった。
仕事がきつくなり、給料が下がり、ますます必死で働いて輸出する。
ところが黒字分の代金は、ポンドのまま名義上の所有としてやはりイギリス国内で使われる。
こうしていくら黒字を出してもインドは豊かになれなかった。
そして、赤字を出し続けたイギリスは、これを尻目に繁栄を謳歌できた。

このイギリスとインドの関係は、そっくり現在のアメリカと日本の関係だと言ってもよい。じぇj

766名無しさん@そうだドライブへ行こう (ワッチョイ 2b91-FkkX [113.41.73.49])2020/01/24(金) 02:00:14.80ID:z0h8PbNN0
あげ

199 名前:名無しさん@そうだドライブへ行こう[sage] 2019/08/02(金) 16:56:32.87 ID:353H6pxc
>>196
> GS450hからES300hに乗り換えました。
>
> まだ1ヶ月だけど外観と乗り心地と電子デバイス以外は191の方が満足感高くて草も生えないです…
そんな違うんだ・・・すごいな・・

590 名前:名無しさん@そうだドライブへ行こう[sage] 2019/12/21(土) 12:40:00.38 ID:GlwT+ob5
新車のES300hが中古で買ってクタクタにした11年落ちGS450hより遅くて震えてる。
外装はLSみたいで最高だけど内装が嫁さんのC-HRといい勝負で残念。

愚者は経験して学び、賢者は歴史から学ぶ

イギリスは歴史に学んだ
イギリスが世界中を植民地にして回ることに成功したのは、歴史を重んじることを国是とした国であったからだ。
彼らは、植民地経営に乗り出すまでに、膨大な知識を記録、整理し、歴史としてまとめる作業を数百年かけて行い、智慧をひたすら蓄え続けてきた。
彼らに侵略されたアフリカや南アジア、北米大陸やオセアニアの土着の人々が、自分たちの狭い経験をもとにイギリス人に対抗したのに対して、
イギリス人はローマ史からの歴史を学び、マキャベリなどの天才たちの知識を学び、それを自国に生じ事件に当てはめ、原住民を効果的に分断統治し、世界の半分を支配することに成功した。

たとえば当時イギリスの植民地であったインドは、香辛料などの原材料を輸出して イギリスを相手に多額の黒字を計上していた。
ところが黒字はルピーではなく、ポンドを使って決済され、そのままイギリスの銀行に預けられていた。

だからイギリスはいくら植民地を相手に赤字を出しても平気だった。
イギリスの銀行に預けられたポンドを、イギリス国内で使えばいいからだ。
インドは名目上は債権が増え、お金持ちになったが、そのお金をイギリスの銀行から自由に引き出し、自分の国では使えなかった。
お金の使い道は預金者ではなく、イギリスの銀行が決めていたからだ。
そしてもちろん、イギリスの銀行は国内の人々に貸し出した。
イギリス国民は植民地から輸入した品物で生活をたのしみ
しかもしはらったポンドも イギリスの銀行に吸収され、イギリスのために使われるわけだ。
こうしてイギリスはどんどん発展した。
一方植民地どうなったか。 たとえばインドは商品を輸出してもその見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積されるだけだから、
国内にお金がまわらなくなる。どんどんデフレになり、不景気になった。
仕事がきつくなり、給料が下がり、ますます必死で働いて輸出する。
ところが黒字分の代金は、ポンドのまま名義上の所有としてやはイギリス国内で使われる。
こうしていくら黒字を出してもインドは豊かになれなかった。
そして、赤字を出し続けたイギリスは、これを尻目に繁栄を謳歌できた。

このイギリスとインドの関係は、そっくり現在のアメリカと日本の関係だと言ってもよい。じぇj

愚者は経験して学び、賢者は歴史から学ぶ

イギリスは歴史に学んだ
イギリスが世界中を植民地にして回ることに成功したのは、歴史を重んじることを国是とした国であったからだ。
彼らは、植民地経営に乗り出すまでに、膨大な知識を記録、整理し、歴史としてまとめる作業を数百年かけて行い、智慧をひたすら蓄え続けてきた。
彼らに侵略されたアフリカや南アジア、北米大陸やオセアニアの土着の人々が、自分たちの狭い経験をもとにイギリス人に対抗したのに対して、
イギリス人はローマ史からの歴史を学び、マキャベリなどの天才たちの知識を学び、それを自国に生じ事件に当てはめ、原住民を効果的に分断統治し、世界の半分を支配することに成功した。

たとえば当時イギリスの植民地であったインドは、香辛料などの原材料を輸出して イギリスを相手に多額の黒字を計上していた。
ところが黒字はルピーではなく、ポンドを使って決済され、そのままイギリスの銀行に預けられていた。

だからイギリスはいくら植民地を相手に赤字を出しても平気だった。
イギリスの銀行に預けられたポンドを、イギリス国内で使えばいいからだ。
インドは名目上は債権が増え、お金持ちになったが、そのお金をイギリスの銀行から自由に引き出し、自分の国では使えなかった。
お金の使い道は預金者ではなく、イギリスの銀行が決めていたからだ。
そしてもちろん、イギリスの銀行は国内の人々に貸し出した。
イギリス国民は植民地ら輸入した品物で生活をたのしみ、
しかもしはらったポンドも イギリスの銀行に吸収され、イギリスのために使われるわけだ。
こうしてイギリスはどんどん発展した。
一方植民地はどうなったか。 たとえばインドは商品を輸出してもその見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積 8されるだけだから、
国内にお金がまわらなくなる。どんどんデフレになり、不景気になった。
仕事がきつくなり、給料が下がり、ますます必死で働いて輸出する。
ところが黒字分の代金は、ポンドのまま名義上の所有としてやはりイギリス国内で使われる。
こうしていくら黒字を出してもインドは豊かになれなかった。
そして、赤字を出し続けたイギリスは、これを尻目に繁栄を謳歌できた。

このイギリスとインドの関係は、そっくり現在のアメリカと日本の関係だと言ってもよい。じぇj

愚者は経験して学び、賢者は歴史から学ぶ

イギリスは歴史に学んだ
イギリスが世界中を植民地にして回ることに成功したのは、歴史を重んじることを国是とした国であったからだ。
彼らは、植民地経営に乗り出すまでに、膨大な知識を記録、整理し、歴史としてまとめる作業を数百年かけて行い、智慧をひたすら蓄え続けてきた。
彼らに侵略されたアフリカや南アジア、北米大陸やオセアニアの土着の人々が、自分たちの狭い経験をもとにイギリス人に対抗したのに対して、
イギリス人はローマ史からの歴史を学び、マキャベリなどの天才たちの知識を学び、それを自国に生じ事件に当てはめ、原住民を効果的に分断統治し、世界の半分を支配することに成功した。

たとえば当時イギリスの植民地であったインドは、香辛料などの原材料を輸出して イギリスを相手に多額の黒字を計上していた。
ところが黒字はルピーではなく、ポンドを使って決済され、そのままイギリスの銀行に預けられていた。

だからイギリスはいくら植民地を相手に赤字を出しても平気だった。
イギリスの銀行に預けられたポンドを、イギリス国内で使えばいいからだ。
インドは名目上は債権が増え、お金持ちになったが、そのお金をイギリスの銀行から自由に引き出し、自分の国では使えなかった。
お金の使い道は預金者ではなく、イギリスの銀行が決めていたからだ。
そしてもちろん、イギリスの銀行は国内の人々に貸し出した。
イギリス国民は植民地ー輸入した品物で生活をたのしみ、
しかもしはらったポンドも イギリスの銀行に吸収され、イギリスのために使われるわけだ。
こうしてイギリスはどんどん発展した。
一方植民地はどうなったか。 たとえばインドは商品を輸出してもその見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積されるだけだから、
国内にお金がまわらなくなる。どんどんデフレになり、不景気になった。
仕事がきつくなり、給料が下がり、ますます必死で働いて輸出する。
ところが黒字分の代金は、ポンドのまま名義上の所有としてやはりイギリス国内で使われる。
こうしていくら黒字を出してもインドは豊かになれなかった。
そして、赤字を出し続けたイギリスは、これを尻目に繁栄を謳歌できた。

このイギリスとインドの関係は、そっくり現在のアメリカと日本の関係だと言ってもよい。じぇj

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